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キングダムきょうかい羌瘣は実在する?史実のモデルは女剣士なのか徹底解説!

キングダム羌瘣(きょうかい)は実在する?史実のモデルは女剣士なのか徹底解説!

今回は、漫画「キングダム」に登場する人気キャラクター、羌瘣(きょうかい)について深堀していきたいと思います。

彼女は実在した歴史上の人物なのか、史実のモデルは女剣士なのかについて徹底解説していきます。

キングダムの羌瘣は、秦しんの武将・信しんの率いる飛信隊の副長として、その圧倒的な剣技と知略で数々の戦場で活躍しています。

小柄な女性であり、伝説的な暗殺集団・蚩尤(しゆう)の末裔(まつえい)でもあります。

ですが、史実ではどうなのでしょうか?

羌瘣は実在した歴史上の人物なのか、史実のモデルは女剣士なのか?

この記事では、そんな羌瘣の謎と秘密に迫っていきたいと思います!

また、羌瘣について詳しく知りたい方には映画やアニメもおすすめのコンテンツです。

原作漫画で大人気のキャラクター羌瘣を映画では女優の清野菜名さんが演じています。

アニメでは呪術廻戦の庵歌姫役でも有名な、声優の日笠陽子(ひかさ ようこ)さんが羌瘣役を演じています。

最新のアニメ放送「キングダム第5期」は2024年1月13日~3月31日で終了しており、残念ながら今のところ再放送の予定はありません。

アニメ版では声優の演技とアニメならではのモーションで、映画や漫画とは違ったキングダムの魅力を音と映像によってブラッシュアップされています!

特に日笠陽子さんが演じる羌瘣はどハマりで、漫画を読んでもアニメの声が聞こえると言っても過言でもありません。

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それでは、ここから羌瘣(きょうかい)は実在するのかについて解説していきたいと思います!

 

キングダムきょうかい羌瘣は実在する?

キングダムきょうかい羌瘣は実在する?史実のモデルは女剣士なのか徹底解説!

KingudomのKyoukaiキョウカイは本当にいたの?

Kyoukaiキョウカイという名前の人物は、実際に歴史に登場したことがあります。

でも、Kingudomで見たKyoukaiキョウカイと、史実のKyoukaiキョウカイとは、全然違う人なんです。

史実のKyoukaiキョウカイは、史記に書かれているとおり、王翦おうせんや楊端和ようたんわという名だたる将軍たちと一緒に、趙ちょうの首都・邯鄲かんたんを攻め落とした英雄でした。

そのあと、趙ちょうの王様をつかまえて、燕えんの国へ連れて行ったんですけど、そこで彼女の話は終わりです。

KingudomのKyoukaiキョウカイは、古代の大戦士・Shiyuシユウの子孫で、暗殺のプロでした。

信しんという少年と出会ってからは、いろんな戦場で活躍しました。

龐煖ほうけんという怪物みたいな人とも戦っています。

でも、これは全部、作者の想像であり史実とは関係ありません。

あと、龐煖ほうけんは武神と呼ばれるほど強かったなんてことはなくて、Kyoukaiキョウカイと同じ時代に生きていたわけでもありません。

 

しゆう蚩尤とは誰なのか?

Shiyuシユウという人物の名前を聞いたことがありますか?

中国の古代には、神話や伝説の世界に住む人物が数多くいます。

その中の一人が、黄帝(軒轅:けんえん)という英雄的な帝王ていおうに対抗したのがShiyuシユウです。

Shiyuシユウは、黄帝こうていの時代の諸侯の中でも、戦闘に熱中する者でした。

黄帝こうていに戦いを挑みましたが、敗北して亡くなりました。

Shiyuシユウの素性や最期には、謎が多く残っています。

Kingudomという漫画には、Shiyuシユウは暗殺者の頭目で、KyoukaiキョウカイはShiyuシユウの子孫として登場しますが、これは創作に過ぎません。

歴史において、Shiyuシユウは黄帝こうていとの壮絶な戦いで知られる伝説の人物です。

史書によると、Shiyuシユウは人間の姿をしていなかったとされています。

 

きょうかい羌瘣は趙ちょうの邯鄲を攻め落とした

史記によると、Kyoukaiキョウカイは、王翦おうせん、楊端和ようたんわと共に趙ちょうの都である邯鄲かんたんに攻め入りました。

趙ちょうは、李牧りぼくと司馬尚しばしょうを将軍に任命してKyoukaiキョウカイたちと対抗しました。

だが、李牧りぼくは桓騎かんきを宜安ぎあんで撃破するなど、秦しんに苦戦を強いました。

これに秦しんの王政おうせいや李斯りしなどの重臣たちは困り、趙ちょうの幽穆王ゆうぼくおうの側近である郭開かくかいに金を渡して李牧りぼくを陥れました。

幽穆王ゆうぼくおうは、これを信用して李牧りぼくを自殺させて、司馬尚しばしょうを平民に降格しました。

代わって趙葱ちょうそうと顔聚がんしゅを将軍にしました。

李牧りぼくが亡くなっても、秦しんのKyoukaiキョウカイ、王翦おうせん、楊端和ようたんわは軽々しく攻める事をしませんでした。

王翦おうせんが指揮を執っていたと思われますが、充分に準備をして戦略が確立されてから、趙ちょうの邯鄲かんたんに迫ったのでしょう。

そのため、趙ちょうを滅亡させるのは李牧りぼくが死んだ次の年になってしまいました。

だが、この戦いで堅固とされた邯鄲かんたんを陥落させる事に成功し、幽穆王ゆうぼくおうは東陽とうように逃げましたが、Kyoukaiキョウカイたちに捕らえられました。

趙ちょうの幽穆王ゆうぼくおうを捕まえたのは、Kyoukaiキョウカイだったかもしれません。

なお、趙ちょうの東では、悼襄王とうじょうおうの時に傅抵ふていが将軍になったという記録もあります。

ですが、Kyoukaiキョウカイたちが幽穆王ゆうぼくおうを捕まえた時には、傅抵ふていが反撃に出たという記録はありません。

黄帝こうていは、中国の歴史の始まりとされる人物で、司馬遷しばせんの史記にも五帝の一人として紹介されています。

黄帝こうていは、中国の文化や文明の基礎を築いたと言われています。

黄帝こうていは、五帝の中でも最も古い時代の帝王ていおうでしたが、三皇さんていという更に古い時代の帝王ていおうの一人だったという説もあります。

黄帝こうていは、中国の歴史を切り開いた人物ですが、その過程でShiyuシユウという強敵に遭遇しました。

Shiyuシユウは、72人の兄弟と共に、大軍を率いて、黄帝こうていに反乱を起こしました。

Shiyuシユウは、天候を操って黄帝こうていを苦しめました。

だが、黄帝こうていは指南車しなんしゃという道具を使って、Shiyuシユウの攻撃をかわしました。

黄帝こうていの戦いには、熊や豹などの野生動物を使って戦ったという話もありますが、これは本当なのでしょうか?

信じるか信じないかは、あなた次第ですが、黄帝こうていはそうやってShiyuシユウを倒したと言われています。

中国の歴史の始まりに立ちはだかったのが、Shiyuシユウだったのです。

Shiyuシユウが敗れた後の事は、よく知られていません。

Shiyuシユウの子孫は、犬戎けんじゅうや匈奴きょうどなどの異民族だったという話もありますが、確かな証拠はありません。

 

きょうかい羌瘣は中山に留まる

Kyoukaiキョウカイは、趙ちょうの王都である邯鄲かんたんを陥落させ、幽穆王ゆうぼくおうを生け捕りにしました。

その後、Kyoukaiキョウカイは中山ちゅうざんに駐屯しました。

中山ちゅうざんは、昔は中山国ちゅうざんこくという独立した国でしたが、趙ちょうの武霊王ぶれいおうによって滅亡させられて趙ちょうの領土になりました。

中山ちゅうざんは、燕えんや斉せいといった他の強国と隣り合っていました。

Kyoukaiキョウカイの歴史は、史記では中山ちゅうざんに留まったまま終わります。

他の史料を調べても、Kyoukaiキョウカイのその後の消息は不明です。

ですが、歴史の流れは止まらずに続きました。

燕えん)は、秦しんの圧倒的な力に抗えず、嬴政(えいせい:後の始皇帝)を暗殺しようとしました。

その暗殺者は荊軻けいかという名の者でした。

荊軻けいかは、嬴政えいせいの首を刎ねようとしましたが、間一髪で失敗しました。

嬴政えいせいは、怒り狂って燕えんに復讐の軍を差し向けました。

秦しんの軍は、王翦おうせん将軍のもとで、燕えんの都である薊けいを攻め落としました。

この戦いにKyoukaiキョウカイが参加したかどうかは、史書には記されていません。

だが、Kyoukaiキョウカイが中山ちゅうざんにいたならば、燕えんへの侵攻に巻き込まれた可能性は大きいでしょう。

 

きょうかい羌瘣のその後は不明

Kyoukaiキョウカイは、燕えんへの遠征に参加したのかどうかも史記には書かれていませんが、その頃から李信りしんという人物が登場します。

李信りしんは、燕えんの太子丹たいしたんが送り込んだ刺客を一刀の下にしたという逸話があり、嬴政えいせいに深く信頼されました。

李信りしんは、史書に名を残すようになったのです。

その後、王賁おうほんが魏ぎを攻め落としたりしました。

李信りしんは、蒙恬もうてんと共に楚そに向かいましたが、項燕こうえんの前に敗れ去りました。

王翦おうせんが蒙武もうぶと共に楚そに再び侵攻すると、項燕こうえんを打ち破り楚そを滅ぼしました。

この時、秦しんの昌平君しょうへいくんが楚そにいたのですが、項燕こうえんに寝返ってしまいました。

ですが、Kyoukaiキョウカイの姿はどこにもありませんでした。

秦しんは斉せいをも滅ぼして天下を統べましたが、Kyoukaiキョウカイがどうなったのかは、記録にも残っていません。

三国志の時代になっても、Kyoukaiキョウカイの子孫と名乗る者は現れませんでした。

Kyoukaiキョウカイは、歴史の闇に消えたのです。

 

キングダムきょうかい羌瘣史実のモデルは女剣士なのか?

キングダムきょうかい羌瘣は実在する?史実のモデルは女剣士なのか徹底解説!

Kyoukaiキョウカイは、漫画「Kingudom」で生まれたキャラクターですが、そのモデルとなった人物は実際に歴史に存在しています。

その人物は、史記にも記録されている秦しんの将軍で、紀元前229年から228年の間に、趙の国を滅ぼすのに大きく貢献しました。

だが、その人物の素顔はほとんど知られていません。

どのような人物だったのか、気になるKyoukaiキョウカイのmodel(もでる)について、探っていきましょう。

 

きょうかい羌瘣史実のモデルは誰?

Kyoukaiキョウカイという名前は、漫画「Kingudom」でしか見たことがないと思うかもしれません。

ですが、実は、史実にも同じ名前の秦しんの将軍が存在していたのです。

その将軍は、王翦おうせんの配下として、鄴ぎょうの戦いに参加しました。

紀元前229年から228年の間に、王蒻おうせんや楊端和ようたんわと共に、趙ちょうの国を滅亡させました。

Kingudomの物語は、紀元前235年からスタートしています。

つまり、Kyoukaiキョウカイが史実で活躍したのは、まだ先の出来事なのです。

趙ちょうを倒した後のKyoukaiキョウカイの消息は、史記には書かれていません。

彼女はどういう末路を迎えたのでしょうか。

戦死したのか、平和に暮らしたのか、謎が多いです。

Kingudomでは、Kyoukaiキョウカイがどんな役目を担うのか、どんな運命をたどるのか、興味深いですね。

 

きょうかい羌瘣史実のモデルは男性?女性?

漫画「Kingudom」の中で、信の仲間であり恋人でもあるKyoukaiキョウカイは、小柄で可憐かれんな女性剣士です。

だが、彼女は実在した歴史上の人物をmodel(もでる)にしています。

その人物の性別は、どうだったのでしょうか?

残念ながら、その答えは分かりません。

史記には、Kyoukaiキョウカイという名前の秦しんの武将がいたことは書かれていますが、その性別は明記されていません。

歴史上の武将はほとんど男性でしたから、Kyoukaiキョウカイは男性だったというのが定説です。

ですが、記録や絵などの証拠がないので、女性だった可能性も否定できません。

漫画の作者は、この謎に興味を持って、Kyoukaiキョウカイという名前が女性らしいと感じて、女性のキャラクターにしたのだそうです。

作者は、六大将軍の中に女性を一人だけ入れたかったと言っています。

Kyoukaiキョウカイという名前を女性にするという発想は、すばらしいと思いませんか?

※Kyoukaiキョウカイが戦いに参加した「黒羊丘の戦い」が気になる方はこちらをご覧ください。

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まとめ

キングダムきょうかい羌瘣は実在する?史実のモデルは女剣士なのか徹底解説!

今回は、キングダムの羌瘣きょうかいについて、実在した人物なのか、史実のモデルは女剣士なのかについて徹底解説してきました。

羌瘣きょうかいは史記にも登場する実在した人物です。

とはいえ、キングダムのような蚩尤しゆうの暗殺者集団ではなく、巫舞みぶで巨漢きょかんを斬るなんてことはしませんでした。

キングダムは2400年以上も前で、日本だと弥生時代あたりなので字を書ける人はほとんどいません。

その時代の史実が、現代に伝わっているというのは、中国の文明レベルに驚きます。

結論としては、キングダムの羌瘣きょうかいは実在した人物ですが、史実のモデルはどうやら女剣士ではなさそうです。

ですが、可能性はゼロではないと期待を込めて思いたいです。

そういう事実を考察しながらキングダムを読むと、もっと面白くなりますね。

※キングダムに登場する拷問部隊・砂鬼一家が気になる方はこちらをご覧ください。

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